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まこと幼稚園主催で3月11日 郡山でお母さんが集まり立ち上げた3a!in郡山代表の野口時子さんをお招きし講演会が行われました。

ミナソラもお手伝いに入りました。

講演内容を京都新聞にて2回取り上げて頂いています。いつも感謝です。
講演内容を書かせていただきます。(京都新聞大西保彦さんの記事から抜粋)

東日本大震災と福島第一原発事故から3年。2人の子どもを育てる福島県郡山市の野口時子さんが見えない放射性物質の脅威と隣り合わせで送る生活の様子を語った。原発事故が人間関係にも影響を及ぼしている現実に直面した、複雑な心境も語った。

郡山市に暮らして10年大震災にあった。事故で初めて福島県に原発があることを知った。原発事故の直後、情報が入り乱れる中で政府は安全性を強調した。3月中旬高校の合格発表があり当日は雪が降った。
「放射性物質が雪雲に含まれていて、子どもが初期被ばくしたと思ってる」母親は多い。住民には何も知らされなかった。

2011年6月「子どもを放射能から守りたい。本当のことを知りたい」との思いから主婦仲間と「安全・安心を求めて行動する会」を結成した。
子どもの自主被ばく検査の費用補助や放射線測定器の貸し出しなどを行っている。自身は放射能汚染の不安から自宅では料理に水道水を使わず、外に洗濯物を干さない生活を続ける。「子どもに内部被ばくさせないよう、とにかく出来る努力をしようという思いで生活している」

原発事故後、本音を話せる雰囲気がなくなった。友人やPTA・マンションの近隣との間だけでなく、家庭の中でもそう感じる。「声を上げることが風評被害に繋がると言われたこともある」産地をみて食品を買ったり、こどもを車で送り迎えするなど放射性物質を気にする生活にも疲れた住民もいる。

会では、西の野菜を週一回仕入販売したり、母親の不安を語り合ったりする場所の提供。気軽に話せる場所にしたいと話す。

3年がたち報道機関が伝える被災地の情報は減少し原発事故は収束したと思っている人もいる。
だが、県民健康管理調査ではこども75人が手術対象に相当する結果が出た。県立医大は「事故由来とは言い切れない」と放射能の影響を否定しているが現地の親たちの不安は根強い。
「原発事故はまだ終わっていない。福島を忘れないでほしい。私たちと繋がってほしい」

とのことでした。
お話をお聞きしながら、家族間でも娘にも素直に聞けない事実に胸が苦しくなりました。
ミナソラとして福島県郡山市の幼稚園のお母様方ともご縁を頂いていますが
時間の経過と共に、目に見えない、すぐに影響が出ない放射能に対しての価値観・考え方の違いに苦しむ方々が多い。本音と建て前の様に心底思っていることを話せない雰囲気。話していい人かどうかを知るために「今日洗濯物外に干してきました?」と聞いて「お天気良かったしね」と返ってくるとそれ以上話さない。「あの日以来外に干せてません」と返ってくると本音で話す等々本当に個々に気を使いながら毎日を生活しているんだと思うと何がこの空気を作り出しているのか?と疑問に感じます。
そう言いながら、私自身も原発や放射能のフレーズを使うことを関西でも気を使っている気もします。

世論の多くは原発反対だという結果にも関わらず、市民や立ち話で原発や放射能の話が出ることは殆どなく、福島ではもっともっと難しい問題なんだと感じました。しかし、野口さんの取り組みに助けられているお母様方も沢山いらっしゃると思います。

福島の問題は日本の問題だと感じます。
福島の多くの方がおっしゃるように福島を忘れず、想うこと。見つめること。これからも微力ですが出来ることをやっていきたいと思います。

野口さんは今まで無関心でいた自分への反省でこの活動を行っているとお話し下さいました。野口さんもミナソラ同様ボランティアでの活動だそうです

また、お会いしたいと思います。
まこと幼稚園にはこの様な講演会を企画して頂き感謝でした。