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5月29日~31日まで福島に行ってきました。 目的は、ミンナソラノシタ幼稚園留学の説明と福島の先生方、お母様方との再会・交流です。ミナソラ立上げからミナソラとの窓口をして下っている大槻中央幼稚園(安斉園長)の園にて、京都のまこと幼稚園が主催していた幼稚園留学に参加してくれた福島のママと、大槻中央の保護者会の皆さんが集まってくださり、様々な想いを私たちに話してくださいました。「震災前と変わらない生活をしている人」「震災後引っ越ししてきた人」「甲状腺の検査を半年に一回は受けて確認している人」「将来の為にガラスバッチを携帯し続けている人」「福島の生産物は放射線を測っているからいるから安全だと思っている人」「福島産の野菜と九州産の野菜、同じ金額・量だったら九州産買うかなぁと迷っている人」「放射線の問題では意見が食い違いこの話題は身内でも話さない人」「3年間避難していて戻ってきた人」「食事には購入した水を使っている人」「将来なにか起こるかもしれないと不安に思っている人」「福島の物は測っているから他県の物の方が心配と思っている人」等々当たり前ですが、色々な考えのもと毎日の生活がありました。 今回福島に出向きお会いした多くの方から「福島に住むと決めたから」「折り合いをつけて生活している」という言葉を沢山聞いたように思います。 ミナソラの活動を京都でしていると、本当にこの活動を福島の方々は喜んでくださっているのか?と自問自答することがあります。それを直接確かめたかった私。「遠く離れた関西で、こうして私たちの事を想ってくれている人たちがいることが嬉しい」初対面の方も、昔からの知り合いも、そう言ってくれました。忙しい中、仕事を休んで参加してくれた人もいて、皆さんと会えて嬉しかったし、これからも繋がっていきたいと思います。大槻中央幼稚園の先生方、保護者の皆さま本当に有難うございました。(話の内容には知人の情報も含みます)

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郡山市私立幼稚園協会の役員の先生方が、私たちミンナソラノシタの為に歓迎会を開いてくださいました。ミナソラの窓口をずっとしてくださっている郡山市私立幼稚園協会の先生方。月日と共に先生方とのお付き合いも深くなり、再会を心から喜んでいただき、私たちが元気を頂きました。各幼稚園の現状等もお聞かせいただきました。どんぐりも、ハンドソープも大変喜ばれています。会長の平栗先生からは、「最低でもあと5年・10年とミナソラの活動を続けてほしい」と言われました。平栗先生はこの日の午前中、東京電力の方との話し合いがあったそうで、声がかれてらっしゃいました。こうして、福島の先生方は、福島の子どもたちの未来を守るために、頑張ってくださっているのだと思いました。今年度、福島のママ達の不安や気持ちを受け止める為に、各幼稚園へ専門家が訪問される予算が3000万ついたそうです。専門家の人数が足りないそうで、予約も一杯になり、ママ達は自分の胸の内を話しながらボロボロ泣かれるとか・・・私たち大人はこれからの日本を担う子ども達を皆で守り育てること。多くの方々と連帯しながら、100年先を見据えて行動すること。お忙しい日々の中で、こうして時間を設けて頂けたこと、心から感謝いたします。

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こちらもミナソラ立上げ当初から、交流を持たせて頂いている郡山のママ達の会「3a」 こちらは福島で住むママ達の心配を受け止め、話せる場所。自分たちで食材を測ったり、通学路を測ったり、現実と向き合い我が子を守る為に奮闘しているママ達と会いました。こちらも再会する方々もいたりで楽しい一時でした。「学校給食は今もやめてお弁当を持たせ、通学路も除染しきれていないところもあるので、車で送り迎え」「休みになると保養にでるのですが、その度旦那さんと喧嘩」「家の前の汚染土が最近掘り起こし作業が始まった。でも最終置き場はまだ未定なんです」「震災後出産した人たちも母になり「3a」 に初めて来る人もいる」「夫の転勤で福島に住むことになったけど心配で相談に来る人もいる」「ここでは何でも思っていることを吐ける」「放射線量が下がったというけれど、震災当時とくらべれば下がったが、それでも子どもたちに今の線量で安全なのか?ホットスポットが点在する中、放射線が高い場所に子どもたちが座っていたり、遊んでいたり、保育園のお散歩で行ったりします。心配です」「もう福島に住むときめたから、皆折り合いをつけながら生活している。個人の安全基準がある」「みんな少なからず不安はあるにも関わらず、この問題には触れてはいけない空気がある」「相手がどんな価値観がを探りながらのママとも関係」「この活動をしているのを知ってるにも関わらず話題にもならない」「外ではきちんと測った場所でしか遊ばせていない」「学校給食を食べさせたくないので、私立の小学校はお弁当なので私立小学校に通わせている人」「国や行政から震災当時なんの指示も出されなかったので、初期被ばくしているのが不安」「子どもたちの甲状腺がんも人数が増え続けている」「福島県の食物は測っているけど、震災後の基準を大幅に引き上げたので安全とは思っていない」「学校給食は10ベクレル基準。基準値を超えた場合に幼稚園・保育園・小学校にはレトルトのカレーが常備されている」「高校・大学進学のタイミングを見計らって県外に出しました」「山は除染していないので、山の物は今も線量が高い。山の物を食べる動物からも高線量がでている」「本当か?嘘か?わからないけど県庁の食堂は1ベクレルらしい」(この問題については誰か真相を調べてほしいですね・・・)こちらも私たちと同じボランティアの会だけに、代表の方とはよく励ましあっています。おかしいこと、不安に思うこと、納得できないこと、一人一人の力は小さいけれど、皆さんに共通することは、子どもたちの被ばくを少しでも減らしたい。健康を守りたい。自分の子どもだけではなく、福島の子どもたち、日本の子どもたちを。奈良や北海道の支援者からの野菜の提供が今も続いています。毎週火曜日はその野菜を現地のママに販売しています。こんなに素敵な活動を続けているのに3aは現地のメディアの取材対象にはならないそうです。震災から今、この瞬間も我が子を守る為に頑張ってる母たちを前に、京都の私たちも微力だけど、日本中どこにでもある原子力発電所。私たちの住む向日市も大飯原発から60㌔圏内。決して他人ごとではない。そう思いました。安全神話は消え去り、福島と関われば関わるほど万が一事故が起こった時にどうなるかを教えてもらっている身としては、自分たちの防災についても真剣に考えておかないといけないとも感じました。何か起こった時には、個人の責任の下自分たちの身は自分たちで守らないといけないことも知りました。行政や国も一生懸命してくださっています。ただ、本当に我が子を守れるのは親だと思いました。3aがメディア取材対象になることが、もしかしたら本当の意味での復興に繋がるのかもしれないと思いました。福島の中で、放射線や原発について普通に話が出来ない。このような場所でしか本音で話せない。このことが一番大変なことだと感じます。正直京都でも、政治のこと、原発のこと、福島のことを普通のママ友の会話ではしない。皆幸せに暮らしたいと願っている。世界中の人がそう願っている。なのにそうならないのはなぜ?大人になると本音と建て前。こんな言葉をよく聞きます。皆が本音で力を合わせて、何が一番大事なのか、大切にしたいのか、今一度考えれたらいいなぁと思います。3aの皆さん、京都から応援しています。いつもありがとうございます。共に我が子の未来、日本の未来を守っていきましょう。小さい小さいミナソラですが、いつも想っています。(話の内容には知人の話も含みます)

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30日福島市で福島県私立幼稚園認定こども園連合会総会が行われました。こちらの総会で園長先生方に「ミンナソラノシタ幼稚園留学」を知っていただくことが今回の福島行きの大きな目的でした。スピーチは私・過去に幼稚園留学に参加してくれた福島のママ・そして福島出身のメンバー3人で想いを伝えてきました。 先ず、私はこの幼稚園留学の趣旨と概要・そして京都でこんなにも沢山の方々が福島を想っていると伝えてきました。次に、過去に幼稚園留学に参加した福島のママは、「京都の幼稚園についた日にわが子が人生で初めて裸足で園庭を駆け回る姿に涙した」と話されていました。そして「新しい環境で頑張る力がついたこと」や、「1週間では旅行のような感覚だけど3週間滞在することで友達になれる」と話してくれました。最後に福島出身のミナソラメンバーは泣いてました。その後、現在も強制避難区域で帰還困難な場所に幼稚園がある先生が「こんな活動があるって嬉しい!」と声をかけてきてくださいました。震災直後にチェルノブイリの現状視察にも行かれたそうです。その先生はご自宅も幼稚園もある日突然奪われたにも関わらず、自分の出来ることを探して、1か月に1度、幼稚園の先生方と仮設住宅の老人の方々を訪問し、歌を歌ったり交流活動をされているそうです。「やめたら終わりだから・お互い頑張ろう」と最後には私が励まされました。帰還は無理なので今年園舎は取り壊し、来年違う場所で幼稚園を再開されるそうです。今回幼稚園留学を福島県全域で広げることが出来たことで、新たなご縁も頂けました。また幼稚園留学に参加できない環境にいるママ達にも想いが届けば・・・とミナソラメンバーが必死になって幼稚園案内パンフを製作してくれました。この幼稚園案内パンフは私の宝物でもあります。福島県の園長先生方には貴重なお時間を頂けたこと、メンバー一同心から感謝して今後ともどうぞよろしくお願いいたします。福島ママの参加メールを京都でお待ちしています!

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次に、訪問したのは「ふくしま子ども支援センター」 行政からの委託事業で福島県全域でママカフェを開催。避難して戻ってこられたママの心のサポートをされています。今年の6月からは避難経験者だけではなく、福島に住んでいて、不安や悩みがあるママも参加できるようになったそうです。 参加者の声には「福島に戻ってきてから誰かに話すことが難しかった放射能のことなど、自分の気持ちや考えが言えて楽になった」や「自分ひとりじゃないことがわかって良かった」「日頃、家族にも話せないことを言えたり聞けたりしたので参加して良かった」「色々な意見があって自分と同じように悩みをもつ方もいて話をきけて気持ちがすっきりしました」等々・・・ママ達は差はあれどこれからの子ども達のことを心配しています。どんなことに対しても、様々な意見があります。この放射線に対しても、安全~危険まで専門家の意見も様々です。京都に暮らしていてもそうですが、全て自己判断。自分て決めていく日々というのは想像を絶します。「同じ福島県内で少しでも放射線量が低い場所に引っ越したママ」「窓際に水入りのペットボトルをおいたら線量が下がった」等々、個々に見えないところで我が子の健康を守るために奮闘しているママ達の姿がありました。そんなママ達を神経質という人もいます。確かに国は安全だといい、年間の被ばく量も20ミリに引き上げ、そこに子どもたちも帰還させようとしている国の方針からすると、神経質なのかもしれません。でも神経質という一言で片づけるのは私は違うと思うのです。過去にお世話になった方からこんな言葉を頂きました。「変えれないものは受け入れる勇気を、変えれるものは変える勇気を」全国の皆さんが関心を寄せることで、国も福島の子どもたちに最善を尽くしてくれると信じています。福島市内にもビニールシートを被せた汚染土が至る所にあります。そんな光景を見ながらまだ何も終わっていないと感じるのです。(記載内容はママカフェチラシからの抜粋含む)

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福島出身メンバーの親戚が、忙しい中会いに来てくださいました。双葉町出身の方もいらして、当時の避難の大変さを語ってくださいました。原発が爆発した時の音や、窓ガラスがビビビビビと音をあげた話をしてくださいました。噂では聞いていましたが、本当に原発関係者は先に避難していたのそうです。でもその情報を近所の人伝えに皆で教えあったとか・・・日本中で再稼働し始めている原発で万が一事故が起こった時にどうするか?自分事として考えておかないといけないと感じました。

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今回福島に行ったメンバーです。林リエ・福島出身ミナソラメンバー、子どもたち・ミナソラアドバイザー藤野さん・ミンナソラノシタ包括協定先キリン堂島田様 今回の訪問もキリン堂様にはご支援頂き、多くの方々との再会が実現しました。こうして私たちの活動を応援してくださる方々に心から感謝申し上げます。


最後に・・・・

2年ぶりの福島でした。会いたい人がいる福島です。私の大切な友や子どもたちがいる福島です。

私はよく、自分だったらどうするか?を考えます。この5年福島に関われば関わるほど、正解はないと思うようになりました。福島に残った人も、避難した人もそれぞれの6年があります。空も海も大地もあの日から変わりました。原発、放射線の恐ろしさも改めて知りました。

震災から6年経ちますが、政府は今も「原子力緊急事態宣言」を解除できないまま年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げたまま、帰還を進めています。避難者の方々の住宅支援も3月で打ち切りました。

食品も震災直後は野菜や穀物を500ベクレルまで安全基準を引き上げました。それを今は100ベクレルまで引き下げました。しかし福島大学准教授荒木田さんの記事を読むと文部省の過去50年の残留放射線データーによると福島県内でもっとも汚染された食料は1968年ホウレンソウで1ベクレル/kgというレベル・米は0.018ベクレルなどが通例だったそうです。今、100ベクレル以下は安全というのは私には違和感があるのです。

風評被害と良く言いますが、この数値を引き上げていること自体が私には風評被害に見えるのです。そしてこの問題は福島だけの問題ではなく、関東にもホットスポットが点在し、内部被ばくが心配です。食品に関しては今でも日本の食品の輸入を控えている国もあります。ここでもう一度整理しておきたいのは、放射線は少しでも浴びない方がいいというのが世界共通のルールだということ。これくらいなら安全という基準は、誰がきめたのでしょう?もし、数十年後何かあった時に誰が責任をとってくれるのでしょうか?人生の先輩が言ってました。過去の公害、B型C型肝炎も、被爆者の問題もその他諸々、その時は関係ないと言い通して、数十年後に認めて和解。この繰り返しだと。福島医大では現在こどもの甲状腺研究をする大きなセンターが建設中です。将来の健康や風評被害も真相はまだまだ解らないのが現状です・・・

子どもたちの甲状腺についても、ここまで過去に検査したことがなかったから福島では人数が増えたのだという意見もあります。素人感覚では、遠く離れた県の子どもたちで同じように検査をし、それで議論したらいいのに?と思います。京都では友から「よく福島の子どもたちの為にそこまでやるね」なんて言葉ももらいます。でも、福島のこの問題を他人事にしていたら、万が一近くの原発で何かあった時に、私たちも同じことが繰り返される。だから日本中、世界中の皆で福島のことは自分事として見つめて関心を持ち続けないといけないと思うのです。だって日本中に原子力発電所があるのだから・・・

日本がこれから真剣に向き合い、解決していかないといけない社会問題は山住。気が遠くなるくらい山住。一度の人生。私も出来ることしかできないけど、悔いだけは残したくない。いつかこの世からこの体も無くなるわけで、100年先も1000年先も安心して皆が幸せに暮らしていてほしいから、出来ることしかできないけれど、できることはやっていきたいです。本当に本当に微力でありんこみたいな会だけど・・・

でもそんな中でも、京都のママ・関西のママ・市民・企業さん・行政・団体の方々と緩やかに連帯して、出来ることをやっていけたらと願っています。

関西のママにはメンバーにもなってもらいたい!いつでも大歓迎です。「出来ることを出来る人が出来る時に」を合言葉に活動しています。

こんな風に熱く燃えている私もいれば、落ち込むことも沢山。悔やんだり、悩んだり、凹みまくり・・・でも今回の福島行きで福島の方々が京都の皆さんにと感謝してくださる様をみて、また出来ることやっていこうと思います。

本当に小さな小さなママ達のボランティアの会です。

そんなミナソラを関西の皆様にはこれからも応援して頂ければ幸いです。この秋の幼稚園留学実現に向けて、9月16日にはチャリティーコンサートも開催します。また新たな福島の母子と京都の私たちが友達になれることを楽しみに、福島行きのご報告を終えたいと思います。

この活動を応援してくださる全ての方々に感謝して・・・

100年先もミンナソラノシタ幸せでありますように・・・

2017・6・6 林リエ